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会社案内

沿革(歴史年表)

りんかい日産建設 略年表

平成27年4月 ミャンマー営業所、南太平洋営業所を開設。
平成27年3月 更生手続き終結。
平成27年3月
(2015年)
新資本金が19億5000万円となる。
平成25年6月 新資本金が10億1100万円となる。
平成22年9月 新資本金が9億9600万円となる。
平成21年3月 関東地方整備局より「災害時の基礎的事業継続力」を備えた企業として認定される。
平成21年12月 新資本金が9億6000万円となる。
平成21年9月
(2009年)
更生計画が認可。
平成20年8月 東京地方裁判所に会社更生法申請。
平成20年5月 新生寿会・洛和福祉会より大規模な高齢者保健福祉施設を受注。
(6階 延床面積19,619m2、東京都港区)
平成20年2月
(2008年)
北陸新幹線富山水橋開発橋(延長1,422m)を受注。
平成19年9月
(2007年)
当社開発の「ゆとりのある居住空間構造(メゾ・キューブ)」が特許取得。
平成18年12月
(2006年)
北越製紙(株)(現北越紀州製紙(株))より大規模な9号抄紙機仕上棟(新潟工場)を受注する。
平成17年11月 「広島市環境局・中工場」が第46回BCS賞を受賞。

広島中工場

平成17年3月(2005年) 当社施工の愛知万博(瀬戸日本館)が完成する。
平成16年12月 インドネシア・ドマイ港第3期改修工事を丸紅・地元国営建設会社との3社JVで受注する。
平成16年9月 環境省より皇居外苑清水濠浚渫工事を受注する。
平成16年3月 1月に特許を取得した制振補強構法の「構造物に用いる鋼棒制振装置(棒振くん)」を伊丹市の工場・事務所のコンバージョンした倉庫に初適用して完成する。
平成15年7月
(2003年)
「りんかい日産建設」が誕生。

りんかい建設 略年表

日産建設 略年表

平成14年12月
(2002年)
日産建設(株)と合併契約書を締結する。 平成15年1月
(2003年)
更生計画が認可決定。
平成9年4月 大型泥土圧送船「風神丸」稼動。 平成14年3月 東京地方裁判所に会社更生法を申請。
平成8年4月 インドネシア共和国に現地法人Pt.RinkaiNusanTaraInc.を設立。 平成4年7月 当社施工の複合型リゾート施設「リゾナーレ ビブレクラブ小淵沢」オープン。
平成2年7月
(1990年)
資本金が60億5,500万円となる。 昭和63年2月
(1988年)
東京新都庁舎の建設工事に参加する(第一庁舎48階建)。
昭和61年12月 関西新国際空港建設工事受注する。 昭和62年10月 当社施工の「日鉱記念館」がBCS賞を受賞。
昭和54年1月 社名をりんかい建設(株)に改称。 昭和49年9月 日立造船(株)(現ジャパンマリンユナイテッド)有明工場に最新設備を誇る超大型ドック(80万、50万屯)を建設。
昭和51年1月 シンガポール新国際空港建設工事受注(JV)。 昭和41年12月 資生堂本社ビルを東京の銀座に建設。
昭和49年3月 海上施工の機動性等を目的に西臨建設(株)(現栄臨建設)を設立。 昭和37年8月
(1962年)
東京証券取引所市場第一部上場。
昭和48年12月
(1973年)
本社ビルを東京都港区に新築。 昭和27年
(1952年)
戦後初の大型工事である福岡ビル(東京八重洲、9階建)を福岡銀行等より受注。
昭和48年10月 ジャカルタ営業所(インドネシア共和国)を開設し、海外市場へ進出。 昭和8年6月 日産自動車(株)の横浜工場の建設を請負(日本最初の自動車工場)。

横浜工場

昭和46年12月 社名を臨海土木(株)に変更。 昭和5年9月 日産の直系子会社として中央土木(株)設立。
昭和33年6月 オランダより導入したカッターレス工法が八郎潟干拓工事に威力を発揮する。
八郎潟千拓工事

八郎潟千拓工事

昭和3年12月 鮎川義介が久原鉱業(株)を持株会社に改組し、社名を日本産業(株)(略称日産)に変更。
昭和22年8月
(1947年)
国営熊本県八千代干拓工事を請負。 大正13年2月
(1924年)
久原鉱業が土木建築工事請負業の営業許可取得(日産建設創業)。
大正15年5月
(1926年)
渡辺了武(当社初代社長)が臨海土木工業所を創業。東京羽田国際空港の第1期敷地造成工事を受注。
現東京羽田空港第一期敷地造成工事

現東京羽田空港第一期敷地造成工事

明治38年12月
(1905年)
久原房之助が茨城県下の赤沢鉱山を買収し、久原鉱業所日立鉱山として鉱山業を開業。