関西国際空港Ⅱ期工事(その1)関西国際空港の建設工事に稼働するリクレーマー船近畿自動車道大堀高架橋(その1、その2)近畿自動車道大堀高架橋工事(その1、その2)日本道路公団(現 西日本高速道路㈱)大阪建設局空港島造成工事(その6)関西国際空港㈱関西国際空港㈱海上土木 海上土木 陸上土木関西新国際空港建設工事 近畿自動車道は、大阪府吹田市から松原市へ至る高速道路で、吹田−門真間は大阪万博関連事業として1970(昭和45)年3月に開通し、その他の区間は後の着工となっていた。当社を含む2社JVで、(その1)工事として大阪府松原市別所町から大堀町までの総延長1,157mを施工、工期は1983年12月から1986年3月であった。 (その2)工事は大堀町松原ジャンクション内で、阪神高速道路松原線と近畿自動車道とを連結するランプウェイ建設であった。同じく当社を含む2社JVで、別所町の本線・ランプ部864mと高架橋延長906mの下部工と上部工を施工した。また高架橋の橋脚6基の施工を行った。工期は1988年3月から1991(平成3)年6月であった。 1986(昭和61)年12月、関西国際空港建設工事の契約を結んだ。大阪国際空港(伊丹)の騒音問題を解消し、24時間運用可能な国際拠点を実現するための国家的事業であった。大阪湾泉州沖の沖合5km、水深18mの軟弱地盤上に造成される世界初の本格的海上空港で、護岸延長11km、埋立面積511ha、土砂量は約1億5,000万㎥という大規模計画であった。 第1期工事は地盤改良を含めて護岸を約2年で完成し、護岸完成後埋立を開始し約4年で完成させ、その後空港施設に着手するというもので、全体工期は7年であった。これを当社を含む6社JVで施工した。 1987年1月に着工したが、本格的に動き出したのは6月に入ってからだった。当社は護岸6工区のうち2工区を担当し、敷砂およびサンドドレーン工法による地盤改良と埋立を行った。沈下対策を要するため、高精度施工が求められた。土砂採取、運搬工事、埋立工事には「泉州丸」「貴砂丸」などの砂撒船も稼働させた。厳しい海象条件を克服しながらの工事となり、第1期工事は1991(平成3)年12月に竣工した。 1987(昭和62)年に着工した関西国際空港建設工事は、護岸工事が完成していた。こうしたなか、空港島造成工事(その6)を受注した。当社を含む3社JVで、工期は1989(平成元)年6月から1991年9月であった。泉州沖の水深18~20mに位置する軟弱地盤上で、埋立面積97万5,000㎡、土量約2,041万㎥に及ぶ大規模工事であった。 関西国際空港建設工事は、海上交通が輻輳する大阪湾南部にて施工されており、最盛期には1日500隻にのぼる作業船が出入りしたため、海上保安庁のもと、運行管理を行い、各企業体で構成される「運航管理部会」を設け、安全航行を統合的に監視・調整し、レーダー監視や発光信号灯の設置など安全対策を行った。 こうして1991年12月に埋立工事は完了し、工事は1994年の開港に向けてターミナルビルや管制塔の施工へと移っていった。模索期 1976(昭和51)-2002(平成14)55模索期
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