角間川ダム白鬚東第三地区市街地再開発事業千葉英和高等学校講堂白鬚東第三地区市街地再開発事業施設建築物建築工事(その4)東京都長野県中野建設事務所千葉英和高等学校講堂新築工事学校法人聖書学園陸上土木建築建築荒廃砂防角間川ダム工事 千葉英和高等学校は、戦後間もない1946(昭和21)年に超教派のキリスト教主義教育の学校として創立され、翌1947年、聖書農学園中等部・高等部が開校し、その後千葉県八千代市に校地を移転し、学校名を千葉英和高等学校と改称した。 当社は、1981年4月から同年10月にかけて新しく講堂を兼ねるチャペルを建設した。1981年11月には創立35周年記念式典および新講堂(チャペル)の献堂式が行われた。 講堂(チャペル)はRC造(一部S造)の3階建で、建築面積1,380㎡、延床面積1,834㎡、最高高さ20.3mである。1,150名を収容することができた。なお、同高校の擁壁工事、図書室増築工事も当社が行った。46 霧ヶ峰高原を源とする角間川流域は、急峻で変動の激しい地形を背景に、過去に何度も洪水・土砂災害に見舞われてきた。長野・山ノ内町では流域防災対策として砂防ダム整備の必要性が古くから議論されてきた。 当社は1976(昭和51)年7月から1981年12月にかけて、角間川ダム工事を当社を含む2社JVで施工した。本工事は湛水式砂防を目的とし、主堰堤は体積1万8,200m³、堤長71m、堤高27m。副堰堤は体積4,000m³、堤長42m、堤高11m。湛水容量13万5,000m³、計画貯砂容量3万2,000m³であった。 施工に際しては、急傾斜地での地すべり対策・流量調整を考慮し、重力式コンクリート構造形式を採用した。基礎には地山改良を併用し、堤体の安定性確保を図った。 東京都墨田区白鬚東地区は荒川と隅田川に囲まれ、海抜ゼロメートル地帯が多く、地盤も軟弱であった。そこで、1969(昭和44)年に東京都は江東防災6拠点構想を策定し、災害に強い街づくりを推進する方針を固めた。その一つの白鬚東地区は白鬚東地区防災拠点として再開発が計画された。 このうち白鬚東第三地区については1978年に事業計画が決定され、約27.6haの土地に東京都住宅供給公社分譲の1号棟(東白鬚第一マンション)、都営白鬚東アパート(2-11・15-18号棟)と駐車場、防災備蓄庫の計18棟を建設するというものであった。 当社はJVで、白鬚東第三地区の賃貸住宅棟2棟を施工した。工期は1979年10月から1982年3月で、SRC造地下1階地上13階建、塔屋3階、敷地面積8,896㎡、建築面積3,138㎡、延床面積3万2,756㎡であった。1981昭和56年1982昭和57年
元のページ ../index.html#48