仏子宅地造成工事因島工場2万tドック拡張、13万tドック建設武ケ浜工場3,000tドック仏子宅地造成工事電通共済会・日鉱不動産㈱(現 ENEOS不動産㈱)東北高速道路栃木南工区工事日本道路公団(現 東日本高速道路㈱)日立造船㈱(現 カナデビア㈱)下田船渠武ケ浜新造船工場工事下田船渠㈱陸上土木陸上土木陸上土木陸上土木日立造船因島ドック工事 因島ドックでは1960年代以降、拡張工事が続けられ、能力強化が進められていた。 1970(昭和45)年10月、3号ドック拡張工事を着工した。1972年9月の竣工により、拡張後の規模は13万tとなった。 この拡張により、因島工場は大型船建造体制を一層強化し、日本全国からの受注艇種に対応できる競争力を備える工場となった。 下田船渠は1972(昭和47)年1月、大野造船と合併し、同年10月に武ケ浜新工場を完成させ、第1段階として3,000t船台を稼働させた。さらにこれを拡張し、同年12月には4,300t、1974年10月には7,500tと能力を段階的に引き上げた。これらは地元の造船需要に即応する拡張計画の一環であった。 当社はこの武ケ浜新造船工場の建設工事を受注し、1970年2月に着工、1972年10月に竣工させた。海面埋立工事により約1,900 m²を造成した。 埼玉県入間市の仏子地区は、西武池袋線仏子駅から約1kmに位置し、戦後の高度経済成長期に東京のベッドタウンとして宅地開発が進められた。当社は電通共済会(電気通信関係の共済組織)と日鉱不動産(現 ENEOS不動産)から発注を受け、約20haに及ぶ入間台地区の造成工事を施工した。1970(昭和45)年9月着工、1972年3月に完成した。 造成後は良好な住環境維持を目的に入間市が地区計画を策定し、落ち着いた住宅地となった。 東北自動車道は1969(昭和44)年に川口ジャンクションから浦和インターチェンジ間が開通し、そこから北へ延伸された。 当社はこの延伸区間のうち、栃木南工区工事を受注した。1970年8月に着工し、1972年6月に竣工させた。これにより、岩槻インターチェンジから宇都宮インターチェンジ間が1972年11月に開通し、自動車道ネットワークの北部拡張に寄与した。飛躍期 1966(昭和41)−1975(昭和50)37飛躍期
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