RN建設 創業100周年記念誌
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八郎潟干拓工事日立造船堺工場 25万tドックと40万tドック大津ずい道工事岡山方坑口付近(上部半断面に防音扉)山陽新幹線大津ずい道工事日本国有鉄道(現 JR西日本㈱)山陽新幹線工事局八郎潟干拓国営工事(干陸式挙行)農林省(現 農林水産省)八郎潟開拓事務所日立造船堺工場第2号ドック工事日立造船㈱(現 カナデビア㈱)海上土木 陸上土木陸上土木 日立造船(現 カナデビア)堺工場第1号ドックの完成から1年後の1967(昭和42)年3月、第2号ドックの建設を受注した。間組(現 安藤・間)と両社から20名以上の設計積算のエキスパートが集められ、設計が進められた。着工は同年6月であった。 第2号ドックは修繕用として建設され、長さ380m、幅62m、深さ12.5mという巨大なドックで40万t規模であった。第1号ドックの経験を生かし、オープンカット工法を採用した。これは、地表から大きく掘り下げて構造物を構築する工法である。1969年10月に竣工した。34 東海道新幹線の開通後、新大阪から博多までの山陽新幹線建設が決定した。当社は兵庫県赤穂市に位置する大津ずい道(延長1,018m)の建設工事を受注した。着工は1968(昭和43)年1月で、同年5月から掘進を開始した。まずトンネル全断面の一部を掘って測量し、地質や湧水などの状況を確認した後に本トンネル断面を掘り広げる工法を採用した。また、コンクリートの□立に空気を利用する新工法を採り入れ、大幅な効率改善につなげた。 大規模なトンネル工事であったことから、社内での技術共有を図った。1969年2月には全国から選抜された技術者に、社長・役員を加えた24名による見学・研修会が行われた。最新の機械や設備を駆使した現場は、大きな刺激となった。 1969年11月に竣工し、1972年の新大阪−岡山間が先行開業とともに大津ずい道の共用も始まった。 八郎潟は東西12km、南北27km、周囲約90km、総面積2万2,173haで、琵琶湖に次ぐ日本第2位の湖であった。八郎潟干拓事業は世紀の大事業と叫ばれ、この湖の1万7,108haを干拓して新たに農地を造成し、この地域の経済発展につなげるという事業であった。事業は1957(昭和32)年に着工、実質的な工事は翌1958年5月から始まった。この干拓工事において最も重要なのは築堤工事であり、約100kmに及ぶ堤防工事の施工には浚渫船が必要なため、当社を含む浚渫業者がこれに当たることになった。 1958年度の浚渫船工事では、当社のディーゼル式ポンプ浚渫船「加茂丸」と組立可搬式ポンプ浚渫船「内外丸」の2隻に、国の機関が所有する日本初のカッターレスポンプ浚渫船「双竜」「八竜」が投入され、当社がこれを運用した。1963年8月の完成までに大小の浚渫船が延べ76隻投入され、そのうち当社の使用は41隻にのぼった。これにより約100kmの全堤防のうち、当社は約65kmを造成した。浚渫船以外の工事として、基地ならびに堤防の護岸工事、人工島造成、東部左岸堤の水門工事等を施工した。

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