RN建設 創業100周年記念誌
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日吉丸(琵琶湖埋立工事)八潮丸(興亜石油麻里布製油所埋立工事)天津丸(名古屋港高潮防波堤置砂工事)滋賀県土地開発公社今治造船第1号船渠築造工事今治造船㈱琵琶湖瀬田浦埋立工事麻里布製油所工場敷地造成工事興亜石油㈱(現 ENEOS㈱)名古屋港高潮防波堤置砂工事愛知県海上土木 海上土木 陸上土木海上土木  現場は山口県岩国市麻里布地区に位置し、埋立面積は約17万2,000m²、埋立土量はおよそ200万m³、護岸延長1,430mに及ぶ大規模事業であった。施工には350馬力の陸搬電動ポンプ船「竜田丸」を主力とし、八潮丸」「八洲丸」などの大型浚渫船も加わって連携運転を行った。工期は1961(昭和36)年4月から翌1962年8月までであった。護岸敷となる場所は水深0.l〜0.12m位の場所なので、最初は護岸法より埋立地側(20m〜30m)の所に海上受枠を設置し、法線に従って基礎盛土を行い、高低のある場合は小型ポンプ船でならした。躯体コンクリートは2段打ちとし、3カ所から行った。台風時の越波による土砂の流失を防ぐとともに、躯体の強度を上げるため護岸延長1,430mにわたり幅6.8mの前床舗装を施した。28 1959(昭和34)年の伊勢湾台風で壊滅的な被害を受けた名古屋港は、高潮対策の抜本的整備を迫られていた。これを受け、当社は名古屋港高潮防波堤の置砂工事を担当することになった。1961年11月に着工したこの工事には、伯竜丸」(カッターレス船・300馬力)、「天津丸」(バージアンローダ兼海中砂撒船・220馬力)、「羽衣」(箱型土運船・120m³積)を中心とした深掘採砂船団を編成し、翌1962年にかけて約80万m³の施工を実施した。 愛媛県今治市の今治造船は戦前、木造船を建造していたが、戦後になって船舶が木造船から鋼造船へ移行するなか、1958(昭和33)年に6万㎡の新鋭今治本社工場設備を完成させ、新たなスタートを切った。船舶が大型化するなか、当社は第1号船渠築造工事を受注した。1962年9月に着工し、翌1963年4月に竣工した。容量は4万D/W、延長105m、幅10.5m、深さ6mであった。 琵琶湖の南端、瀬田浦の開発が進められていた。この埋立工事は滋賀県における初めての施工であり、当社の船が琵琶湖に入ったのもこの時が初であった。工区は湖南地域の湖岸で、1961(昭和36)年9月の着工以降、埋立面積約31万6,000㎡、浚渫用土量は約100万㎥に達した。施工に当たり、350馬力・12インチ陸搬組立式電動サンドポンプ船「日吉丸」を新造し、「臨海丸」「日枝丸」「瑞穂丸」を加えた体制で臨んだ。 設岸はPCコンクリート矢板打ち、背面はコンクリート杭柵工にて上部は笠コンクリート、張りコンクリート、ブロック3段積みの上天端コンクリートを施す構造であった。1963年3月に竣工し、内陸水域での施工技術確立へとつながった。1963 昭和38年

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