日立製作所戸塚工場内外丸(秋田港臨海工業地帯造成工事)北越製紙市川工場白板マシン工場建設工事北越製紙㈱(現 北越コーポレーション㈱)日立製作所戸塚工場D工場新築工事㈱日立製作所秋田県海上土木 建築建築電動船八潮丸建造、秋田港臨海工業地帯造成工事 当社は秋田県および東北開発が進めた秋田港臨海工業地帯造成工事に参加した。戦後の復興とともに、秋田港では重化学工業の集積を目指す大規模な埋立計画が進行しており、当社もその一翼を担った。1959(昭和34)年に着工したこの工事では、当初「伊保丸」(500馬力)、淡路丸」(500馬力)、内外丸」(200馬力)、官船「三吉丸」(200馬力)、傭船「新井丸」(200馬力)による船団を形成し、浚渫・揚土を繰り返しながら造成を進めた。 1960年には、さらなる施工能力の向上を図るため、16m深度対応の1,200馬力電動ポンプ船「八潮丸」を建造し現地に就役させた。26 北越製紙(現 北越コーポレーション)は、かねてよりコート白板紙への進出を検討していた。経済成長のなかで梱包材として美しい印刷が可能な白板紙の成長が期待されることから、1960(昭和35)年、千葉県市川市の市川工場に白板紙製造設備の新設を決定した。 当社は1961年にこの新工場建設を受注した。同年1月に着工したが、操業中の旧工場の横で工事を進行させねばならず、しかも製品が紙であることから、火の気には細心の注意が払われた。途中、用地問題や川からの取水権の問題もあって、複数回の設計変更があり、図面がすべて揃わないなかでの作業を余儀なくされたが、設計部をはじめとする各部署の奮闘により工期通り1961年9月に竣工した。建物は全長221m、総床面積は約1万2,426㎡の大型工場であった。 戦後、通信施設の復旧と電話網の拡大に伴い、電話番号の桁数増加や市外通話の自動化が求められるようになり、日立製作所では新たにクロスバ交換機を開発し1955(昭和30)年に関西電力に納品した。これを契機に、既存の交換機からクロスバ交換機への移行が進んでいった。 同社ではこの生産体制拡充のため神奈川県の戸塚工場の拡張を計画し、当社がこの新しいD工場の新築工事に当たった。1959年10月から1961年6月にかけて、3階建、延べ3万3,000㎡に及ぶD工場を建築し、各種生産設備が導入された。1961 昭和36年
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