RN建設 創業100周年記念誌
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日立造船神奈川工場4万t船渠真鶴道路東伊豆真鶴第2工区道路工事日本道路公団(現 東日本高速道路㈱)日立造船㈱(現 カナデビア㈱)㈱博報堂陸上土木陸上土木建築博報堂本社社屋増築工事日立造船神奈川工場 博報堂では業界の変転に呼応して、社内業務の拡張や人員の増強など体制の強化に努めてきたが、この結果社屋が手狭になっていた。そこで創業60周年を記念し、新館社屋の増築に着手することとなった。もとの社屋に新館を増築するもので、新館は鉄筋コンクリート造の地下1階地上4階建、当社がこの建築に当たった。特に最新の設備を整えた録音スタジオ、エコールーム、ミキサールームなどには近代建築技術を十二分に取り入れるとともに、各室とも機能的に設計した。1958(昭和33)年11月に着工、翌1959年12月に竣工した。 1956(昭和31)年、全国の有料道路建設を目的とする日本道路公団が発足し、同公団の新設道路の第1号である真鶴道路を受注した。この道路は神奈川県西部の小田原市から真鶴町にかけて走る有料道路である。全幅員7.5m、延長2,500mの道路を山の斜面に建設するもので、当社は第2工区を担当した。 懸念点は、現場上方にある国鉄東海道線により地盤が不安定となっていたことだった。そこで海側にコンクリートの擁壁を造り、その上に土留と盛土をして道路を敷設した。この工事のため、当社が初めてブルドーザーを購入した。100mの長さのトンネルを掘削したが、その際もブルドーザーが工期短縮に貢献した。 機械化が進んでいない時代であったため、コンクリートの運搬などは人海戦術で、現場には1日150名から200名の作業員を配置していた。工期は1957年9月から1959年4月。懸念であった地滑りも起こらず、景観の良さも相まって公団から称賛される工事となった。 当社がドック建設を手がけたきっかけは、1936(昭和11)年頃の広島県の因島ドックであった。この工事を手始めに、戦後に至るまでいくつものドック建設を受注。1958年、大型ドックである神奈川工場船渠を日立造船(現 カナデビア)から受注した。戦後に建設された日本最大の4万tドックで、現地に総勢33名の神奈川ドック工事部を設け、途中台風の被害を受けながらも1959年6月に竣工式を迎えた。ドックの大きさは延長220m、幅30m、深さ11.5mである。通常3年程度を要する規模であるが、チームワークの良さと昼夜兼行での奮闘により短期間での完成に漕ぎ着けた。 この成功により当社のドック設計施工技術は広く認知され、業界における評価も揺るぎないものとなった。そしてドック建設の受注は相次ぎ、得意先は20社以上を数えた。土木技術士も多く擁するようになり、海外からの受注にもつながっていった。形成期 1946(昭和21)−1965(昭和40)25形成期1959 昭和34年

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